最初の異常は、前夜からの記憶がないこと

シンガーソングライターの上条梨乃は、渋谷のゴミ捨て場で目を覚まします。しかも、前夜からの記憶がありません。なぜそこにいるのか、目覚めるまでに何が起きたのか。自分の行動を自分でたどれない状態から物語が動き出します。

記憶の空白は、それだけでも謎になります。ただし本作では、過去を思い出せないことだけが問題ではありません。梨乃には自分についての認識があるのに、その認識が周囲と一致しなくなっていきます。

失われた時間を調べる記憶ミステリーを探している人にとって、前夜の空白は分かりやすい入口です。同時に、それだけでは説明しきれない異常が次に重なるため、一つの記憶を回復すれば終わる話だとは、公式紹介からは判断できません。

家族や知人が「梨乃」と認識してくれない

目覚めた梨乃は、自分が上条梨乃であることを知っています。ところが家族や知人は、目の前にいる彼女を梨乃だと認識しません。

この食い違いが、本作の自己同一性をめぐる謎を立ち上げます。本人の内側には「私は私だ」という確信がある。一方、外側には、その確信を受け入れない人々がいる。名前や記憶だけで自分を証明できないとき、何を根拠にすればよいのかが問題になります。

誰か一人に忘れられたのではなく、身近な人にも本人として扱われないという導入です。その理由を心理的なもの、事件によるもの、超常的なもののいずれかに決めつけることはできません。人間関係のドラマを背景にしながら、認識のずれ自体を謎として追いたい人に向いている入口です。

自分の「死」が、街頭ビジョンで報じられる

さらに梨乃は、街頭ビジョンで自分の死を知ります。本人はその場で情報を見ているのに、社会の側では上条梨乃が亡くなったことになっている。この矛盾により、問題は身近な人との食い違いから、公に示された事実との衝突へ広がります。

ここで追うべきなのは、死亡報道の内容を先回りして解くことではありません。生きていると考える本人と、死亡を伝える外の世界が同時に存在していることです。どちらを基準に現実を見ればよいのか。梨乃自身の認識まで揺らぎかねない状況が作られます。

三つの異常は別々にも見えます。前夜に何があったのか。なぜ周囲は本人と認識しないのか。さらに、死亡報道の意味も残ります。本作を選ぶときは、この三問がどのようにつながるかを追う物語だと捉えると、導入をつかみやすくなります。

梨乃を認識する優斗が、調査への足場になる

誰にも本人だと認められないままでは、梨乃は自分の状況を説明することさえ難しくなります。しかし公式紹介には、彼女を梨乃だと認識できる青年・優斗が登場します。梨乃は優斗らとともに、自らの死について調べ始めます。

優斗がなぜ認識できるのか、二人が何を突き止めるのかは、紹介の先に残された部分です。ここで確認できるのは、物語が「誰にも信じてもらえない恐怖」だけにとどまらず、理解者を足場に調査へ進むことです。

主人公が一方的に異常へ翻弄され続ける話より、限られた協力者と自分の状況を調べる展開を求める人には、この点が選ぶ材料になります。完全な孤立と、二人以上で進める調査。その両方が導入に含まれています。

三つの問いを同時に追いたい人向け

本作が合いそうなのは、記憶喪失だけ、失踪だけ、死亡報道だけという一つの謎より、複数の矛盾が一人の人物に集中する物語を読みたい人です。渋谷での目覚めから、身近な人々の反応、街頭ビジョンの報道へと、梨乃の立つ場所が少しずつ失われていきます。

選ぶ前に押さえるなら、前夜の記憶がないこと、周囲から本人と認識されないこと、自分の死が報じられていることの三点で十分です。超常的な物語か、現実的な仕掛けを解く物語かを先に断定せず、この不可能に見える状況の結び目を知りたいかどうかで選べます。

音声でミステリーを選ぶときの考え方や、聴く場面ごとの迷いは、Audible の実体験記事 にまとめています。